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男子高校生の独断と偏見

常識と知識

「常識」っていうのは、誰かが作った解釈。

 

「知識」っていうのは、世の中にある事実。

 

高校二年生のクソガキが書く超絶生意気ブログです。(イライラ注意)

 

 

 

僕は、「常識」という言葉が嫌いです。

 

特に普通科の高校は、常識の塊のような場所です。

 

未だに、右に倣え左に倣えの集団行動を美徳とし、個性を潰すような教育が行われています。

 

元々、明治5年の富国強兵政策の一環として工場員や軍人を教育するための学校教育が成されたていたらしいですし…

 

そのような教育システムがほとんど形を変えずに、残っているわけです。

 

体育の授業で行われる「前倣え」や「集団走」などが代表的な例です。

 

全員に同じことをさせるバランス教育です。

 

実際に僕は、中学生のときにそれを感じました。

 

僕は美術が苦手で、5段階評価の通知表がどう頑張っても最大で4しか付かなかったのですが、学校の先生から「美術をもっと頑張りなさい」ということを毎回言われていました。

 

このようにして、僕のような中途半端なお利口が量産されていくのだと思います。

 

だったら、1分野に特化したスペシャリストをつくった方が良いのでは?と考えています。

 

100年以上前の制度が、現代に合うわけがないと思います。

 

学問の世界では、故人の教えを踏襲することが基盤としてあると思うので、そのような考え方が教育制度の改革を難しくしているのでは?などと考えています。

 

そんなことを言いつつ、僕は普通科の高校に通っているという矛盾を抱えていますが…(笑)

 

僕も含めて今の学生は、「常識」を身につけるよりも「知識」を身につけることを目的に学校に行きましょう。

 

学校は利用するものだと考えた方が良いと思います。

 

僕は、学校生活の中でも「ブログのネタに出来るものないかなぁ~」と常にアンテナを張っています。

 

常識に縛られ、受け身のままで生きていると視野が狭くなり、以前の僕のような思考停止の社畜脳が完成してしまいます。

 

現代の学校こそブラック企業の温床なのではないかとクソガキながら思っております(笑)

 

自分の頭で考えて、合理的且つ能動的に生きましょう。

 

僕自身も「普通は○○」という言葉を使わないように心掛けています。

 

このような言葉は、考えていない人が使う言葉だと思うからです。

 

その時、その場に応じて、最適解を自分の頭で判断して行動しています。

 

人によって価値観は違うと思いますが、それでも、自分の頭で考えるというのは大切だと思います。

 

バカの壁 (新潮新書)

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有名な本ですが、載せたいので載せておきます。

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