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男子高校生の独断と偏見

お世話になっているみなさんへ

昨年の11月頃、「もう部活辞めます」と宣言しました。

 

その真意は、「今はたまたま出させてもらってますが、僕の実力ではいずれ確実に出られなくなるし、そもそも一年近くやってもバスケ自体を楽しめなかったので、自分が輝ける他の場所を探します。」といったところです

 

 

試合に出られる人達を最大限リスペクトし、己の未熟さを受け止め、今は前向きに活動してます。

 

ザックリ言っちゃえば、白旗を揚げたわけですが、部活動盛んな高校でしたから、当然僕は先生方からも批判されました。

 

散々言われるのは悲しいですが、まあ因果応報で仕方がないとして。

 

しかし一方で、キチンと真意を受け止めてくださった方々からも、こんな言葉を言われました。

 

部活辞めたら、友達もいなくなるし、むしろ辛いことや失敗することの方が多い。

 

確かに仰る通りで、

辞めた当初、自分が慣れ親しんだ部活を退部するというのは、東京の交通機関で喩えるなら《山手通りと山手線とレインボーブリッジが封鎖されている》という壊滅的状況で、「じゃあ、どうやって目的地に向かうんだよ」状態でした。

 

しかし、その状況に自分を追い込んで、新しい乗り物を自力で開発して、そいつを運転して目的地に向かうという方法でしか、自分やバックアップしてくれる友達を守れないと思ったので、批判されながらも思いきって踏み切ってみました。

 

退路を断ち、ジタバタともがき続け、そこで生まれたのが「YouTube」でした。おまけに新宿のスターバックスで台本の打ち合わせをした帰りに、事務所から声もかけてもらい、面接をして所属することになりました。

 

目に見える結果を僕はまだ出せてはいませんが、紆余曲折しながら、自分だけの道を楽しく歩いてます。

 

よく勘違いされるのですが、もともとをアーティストとして表現することが好きだったわけでも、得意だったわけでもなく、むしろ苦手意識もあったわけです。

 

「何かを見つけなければ」と手を伸ばした先にYouTubeや芸能活動があったのです。

 

本当の意味での僕の人生は、退路を断ち、自分でハンドルを握って進み始めた、その日からで、そこから考えるようになりました。

 

「どうすれば、作品が届くのだろう?」

 

「どうすれば、次に繋がるのだろう?」

 

「どうすれば、自分のアイデアに人を巻き込むことができるのだろう?」

 

「アッチに舵をきれば、世間はどんな反応をするのだろう? …チョットやってみよう」

 

バスケ部という明確な活動は、もう無いので、自分で考え、行動するしかありませんでした。

 

それらを経験した上で、僕が言えることは、

特にこれからの時代、
明日がどうなるか分からないわけで、
「肩書きをコロコロ変えるな!」と皆は怒るけれど、これからAIの進出やBIの実現可能性を考えると、いろんな職業が猛スピードで無くなり、人によっては肩書きをコロコロ変えなきゃいけなくなる未来が確実に来るわけで、
これまでの常識…たとえば「大企業に入れば安心」だとか、
たとえば「一つの肩書きで生涯をまっとうした方が人として素晴らしい」といった考えが、少しずつ、しかし確実に、通用しなくなってくる。

 

その時、信用できるのは、その時々の状況に合わせて、ハンドルを右に切ったり、左に切ったりする《自分の腕》で、それより何より、大前提として、「自分の人生のハンドルを自分で握っておく」ということが、とても重要になってくると思います。


「ウチは顧問がクソだから…」とか、
「ウチの部活はブラックすぎる」とか、
「この制度のせいで、自分は不幸だ」とか、
そんな感じで、他人に運転させながら、後部座席で愚痴っていて、それでも前に進めていたけれど、これからは、乗り物ごと池にポチャンしてしまう可能性がある。

 

運転技術はクソだけど、それでも目的地に向かって走ってくれるドライバーはいなくなり、先人が描いてくれた地図は目の前で途絶えている。

 

はたして、どっちに進めばいいのやら?
そんな時代です。

 

こうなりゃコンパス片手に、自分の頭と足で進んでいくしかありません。

 

それでしか、自分や、自分の大切にする人たちを守っていくことができません。

 

ただ、それは『絶望』ではなくて、僕らの番で移動手段が変わっただけの話で、地図がないということは、つまり誰も知らないオアシスが残っているわけで、むしろ『希望』と呼んでいい。

 

何かを仕掛けようとすると、
その場から動くことを諦めた人達から批判が起こる。
「そっちには行くな」と声があがる。
それでも前に進んで、手ぶらで帰ってきたら、「そら、みたことか」と嘲笑される。

 

それでも前に進まなければ、守るべきものが守れなくなる。
先にも挙げたけれど、スタッフや自分が大切にしてる人たち、そして、たとえば「皆を楽しませたいな」という自分の気持ち。

 

そのことを理解できているから、だから前に進もうとする、あなたのコンパスになればいいな、と、このブログを書きました。

 

まさに僕は厨二病として今後も走り続けます。